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2015年4月

2015年4月23日 (木)

飲み方をご教示

味音痴なのかねぇ、やっぱり俺はなんちゃって…なのかもしれない。いやいや、自分で挽いて煎れたら美味いに決まってる!いうわけで爆裂トークのおっちゃんから手に入れた豆をゴリゴリしてみた。人生初の挽きたて煎れたてコーヒーの一口目は…

うん…わからん。。

ダメかもしれない…。昔実家の近所には宅配ピザなんてなくってさ、ピザと言えばスーパーのリーチインコーナー(で、あってる?)で売ってたのを買ってきてレンジでチンだったのね。それがずっとピザだと思っていて…。ある時従姉妹の家に行った時ピザを食べる機会があったんだ、

宅配の!

初宅配ピザは全然美味しく感じなくて…。もうアレだよね、他所の家のカルピスが濃く感じる感覚と一緒なんだろうね。しかし…馴なんだろうか?それとも挽き方?煎れ方?豆?分量?わからん…。誰か美味しいコーヒーの飲み方をご教示ください。。

ちなみに二十何年前に懸賞で当てたのはこれ…だと思う↓

記憶がイマイチ…

このリングプルを廃品回収で集めまくって貼っつけたのは覚えてる

事務系の職場 嚮往美麗的童年 話が脱線ばかり 行走在找尋的路上 留給我的震撼 風度是無法偽裝的 最難學的是淡定 口腔潰瘍跟上火不一定有關係 脾氣不好缺什麼維生素 生命中總有空隙

2015年4月20日 (月)

向こう側にな

昨日の夕方、自宅マンションの前で年配の男性に声を掛けられた。

「このマンションの名前は、??ですか?」

そのカタカナの名前を理解するのに少し時間がかかった。とりあえず「いいえ、違います」と言った後、そのマンションの名前を考えていると、男の人が住所を口にしてくれた。それで、「ああ、その地名ならば、道路の向こう側になります」と答えることができた。

「ありがとうございます」と言われて別れ、マンションに入り、オートロックを開けて、郵便受けの鍵を開けて郵便物を出した。そしてエレベーターに乗ってから、最初に聞いた??というマンションの名前が、音ではなく文字として頭の中に浮かんできた。
ああ、それなら分かる。道路の向こう側だ。

だからそれは結局、間違いではなかったのだけど、そのことからずっと、ここ数年の間にあったその手の「ぼんやり」が思い出されて仕方がない。
あのとき、パッと気づいていたら、「今」とは違っていたかもしれないと思うようなことがいくつかある。なんで「ぼんやり」とやり過ごしてしまったんだろうと。

話の前後の繋がりを勘違いして、約束が約束として成立しなかったこととか、遠まわしに言ってくれたことを、文字通り遠くに置いたままにしたりとか……。

その分岐点はもうずいぶん道の後ろの方になってしまって、毎日ズンズンンズンズンと、遠ざかるばかりだ。

溫柔的對待年輕的她 言歡過後才是最傷心時 重拾高中的記憶 歲月無痕文字有根 一個人的世界也很美 熟女要謹防骨質疏鬆 姑娘請別發脾氣 摸索人生路 怎麼可能會忘記 奔跑在青春路上

2015年4月15日 (水)

熟知しているで

雪の多い地方の方にはちょっと想像しづらいかも知れませんが、関東の冬というのは信じられないほど乾燥します今年は数日に一度雨が降ってくれているのでまだマシなのですが、肌はカサカサを通り越してガッサガサになりますし、髪の毛も乾燥ダメージをかなり受けます。そして色んなモノがよく燃える!ちょっとした火の不始末が大きな火事に???なんてこともザラにあります。
現代でもこれですから、紙と木で出来ていると紹介された江戸の街ならなおさらでしょう。実際かなりの数の大火が起こっており、多くの被害者が出ております。

そんな厄介な火事を消そうと組織されたのが『火消』です。大まかに分けて3つの組織がありまして、一番メジャーなのが町人によって組織される町火消、次が旗本によって組織される定火消、そして自衛の消火にだけ努めればOKの大名火消に分けられます。
組織だけでも3系統、それぞれに特徴があるので数度に分けての紹介になりますが、今回は彼らの火消しファッション、すなわち『火事装束』について取り上げます

まず町火消の盛装ですけど、印半天、腹掛、股引という錦絵や時代劇でよく出てくるスタイルです。更に火事場へ出動するときは刺子頭巾(猫頭巾とも。目の部分だけが開いている)、膝下まである刺子長半天などを身につけ、火の粉に備えたみたいです。
半天の背中には組の紋が、えりには組名が染めつけられていて、刺子長半天には裏地に錦絵風の模様をつけた豪華なものもあったとか???天保の改革で規制されたみたいですけどでも裏地を派手にするのはやはり江戸好み、表に見える部分はスッキリが基本です?

そして定火消。彼らの資料がなかなか見つからなかったのですが、想像すると赤穂浪士のスタイルが多分定火消のものではなかったんじゃないかと???何せ旗本、幕府の規制も厳しいでしょうし、江戸っ子の地味好みを考えるとモノトーンでスタイリッシュに決めた火事装束だったのでは?と思われます。
実際火事装束の画像検索を見てみますと、あの黒地に白のダンダラ、ずば抜けて格好いいんですよ江戸育ちの旗本ならば、江戸好みも熟知しているでしょうし、このスタイルだった可能性が高かったんじゃないかと思われます。

最後に大名火消の装束ですが???おい、財政難じゃなかったのか?と思われるくらい派手なものですそれだけではなく装束のお色直しまでした大名までいたとか???
松浦静山が『甲子夜話』で紹介している話なのですが、寛永寺で火事が発生した時、秋田藩主?久保田侯が3度もお色直しをしたんだそうです。
寛永寺内に自らの御坊があった為に出動した久保田侯ですが、まだ前髪立ちの少年だったので振り袖の火事装束でやってきて(袖に火が付きそう消火にあたっている間に装束を3度も着替え(つまり合計4着の火事装束、ってことか?)、馬廻りの者達も二度着替えたんだとか???ちなみに人々は火事ではなく久保田侯の火事装束ファッションショーを見るために集まったと『甲子夜話』には書かれていますwww
なお松浦静山は『火事装束を着替えるのは消火活動で破損した場合であって、見物人を集めるために着替えるというのは聞いたことがない』と嘆いていますが

確かに滅多に町人の前に出ることがない大名ですので、ここぞという見せ場の時に華やかな衣装を身にまといたいというのも解らないではないのですが???やり過ぎ感が否めない。
なお、大名屋敷が焼け出された時には大名の奥方も火事装束を身につけ避難したそうです。
(ただ、これが出来たのは武家の娘としてきちんと乗馬の教育を受けた奥方や姫君に限られると思いますが???将軍家から大名家へ嫁いだ姫君が火事装束を身につけ、颯爽と避難する姿は格好良かったみたいです)

束縛我的本不是生活 設置蚊音損健康 點點滴滴緣來如此 描畫人生的畫卷 女性特殊時期最好不要化妝染髮 私はブログに 夏樹より年長 熱狂的に支持 恥ずかしながら 秋天煮水果食療法

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